昭和44年12月29日 夜の御理解



 熊谷さんの所の、ご主人の二十年の式年祭が、ここで行なわれましたが、東京におられる娘さんを除いて、他の、娘さん達、それから、嫁さん達夫婦、娘さん達が三人、のりおさん達が夫婦というふうで、もうほんとに、あの、内々だけでの御霊様のお祭りが、ああ、出来ましたんですけど。
 あの皆、あぁ熊谷さんを除いては信心、金光様の御信心というものを理解してないし、信心がございませんもんですから、あぁ折角の一生懸命の熊谷さんの願い、思いがあぁこうそういう何ていうんですか、お道の信心に対する一つの反発的のようなものが見られるような事はなかろうかと、心配しておりましたけれども、大変有り難い意味においてのお祭りをですね、奉仕されました。
 あのもちろんその人達に御理解もございませんでしたが、後で頂きます事が、あの忠臣蔵のあの内蔵助が、討入りの時に使う太鼓が、あれは山鹿流の陣太鼓ちいう、ね。あれはあの近くに打って遠くに聞こえる、遠くで打って近くに聞こえると言う様な、そのあぁものだそうですね。それを頂くんです。ですからここで私しが御霊様のどうの、信心がどうのと言うてもむしろ跳ね返って来る様な事でしょうけれども、今日のお祭りのおかげになって、御霊様が大変おかげを受けられた。
 御霊様のあのお働きがですね、お働きが例えばここで近くで打ったわけですけども、遠くで恐らくはなら帰られた後にです、はぁこれが御霊様のおかげじゃろか、働きていうものじゃろうか、後からじわじわ金光様の御信心が分かられると言った様な感じの事だと思いましてね。その事お礼申さして頂いとりましたら、あのその氏子達の助かる事に、今日はあの御霊様にお供えをしとる。私しは必ずあのう、親戚の方達みえたら御直会に、あの下げるんですよね、
 お鏡を持っていきなさい、お魚持っていきなさいというふうにして。けども今日はね『あれを神へのお初穂代わり』と神様がおっしゃいましたですよ。いかにねあのうあの人達お参りしてくる(けど?)、お初穂の包み道も知らんわけじゃないけども、お初穂もいたしとりませんから、それは結局、あの人達が助かる事のために、神様があれをお初穂代わりとして受けて下さるというんです(笑い)。ほんとにあたしゃ、神様の願いとか思いの深さという事。
 分からんものには、この場では分からせんでも、後でぼちぼち遠くで分からせて下さるという働きがですね、それでもならそこに神様はちゃんと引き当てを作ってござるですね。あの氏子達のために、神様は神様へのお供えとして、お初穂代わりにあれを受けて、(なにがしの?)これなら意味が通じる、お供えをしなければならないというような事を、まあ頂いたんですけどね。近くにおって、遠くに聞こえるおかげを、まあ必ずやそういう意味で現わして下さるだろうと、あたくしは思わせて頂いたですがね。
   どうぞ。